使えない善意


※心意気だけR18

「…素直じゃないね。」
「何言って…、アンタ頭おかしいだろ。こんな場所でっ…。」
 繁華街の喧噪からは道を幾つも入った路地に、好んで入り込む人間がいるとは思えない。しかし、誰も来ないなどと、決して断言出来ない公共の場所だ。
 成歩堂は見られても構わないのかもしれないが、響也は世間一般に顔が知られている。元芸能人という立ち位置なのだが、人々の記憶の中から消え去ったと断言してしまうのには、未だ時期尚早だ。CDの売上も当分見込めるらしいとの報告は、それを裏付けている。
 物好きな人間。もしくは、ネタを探している記者などにまかり間違って見られてしまえば、週刊誌に「元」の但し書きと共に掲載される可能性が高いのだ。
 響也にとって、これは成歩堂の嫌がらせとしか思えなかった。
 酒臭い息が正面からまともに鼻に当たるほど近い成歩堂の顎を、掌で押し退け、腕で以てぐいと引き離す。仰け反る体勢になってもまだ片腕を離さない男に向かって、響也が声を荒くした。

「そんなに、僕が髪を切ったのが気にいらなかったのか」

 ぐっと睨み付ける視線の強さに、成歩堂が片方の目を持ち上げる。
「……なんだって?」
「だから……、こんな事するぐらい嫌だったんだろう」
「誰もそんな事言ってやしない」
「言わなくたってわかるさ、アンタは…。いいから退けよ!」
 更に力を込めた腕は、逆に取られ、逃げる間もなく指先に口付けられた。
「あ…っ」
 思わずあがった声に響也は真っ赤になって、口を抑える。成歩堂は微かな、どこかほの暗い笑みを浮かべた。
「そう、君は僕が嫌がらせでこんな事をすると思っているんだ。」
 ぞくりと響也の背に震えが走った。
 悪戯盛りの子供のような黒の瞳が、しかし欲情の熱を帯びて艶やかに光っている。響也は僅かに残っていた成歩堂の箍を、自分が外してしまった事を自覚した。


 ジャケットを肘の辺りまで脱ぎ落とさせられ、そのままシャツの隙間から手で素肌を撫で上げてくる。
 息苦しさに身をよじろうにも、かろうじて自由な手が、シャツを握りしめるだけ、何の抵抗も許されない。男の手が胸までシャツをたくしあげ、もう片方の手でゆっくりと撫ではじめる刺激を唇を噛み締めて堪えた。
 不安定な体勢で絞り出した声のすぐ間近に、わずかに歪んだ笑み。それが憎たらしい。不用意に怪しげな声など上げてしまったら通行人の耳に届くかもしれない。そうして、興味を引かれ、その好奇心のままに路地を覗くかもしれない。
 どれをとっても、響也にとってぞっとするような状況だ。
だが、直接は触れることなく、指先でその根元に輪を描き、敏感なその個所の存在を思い知らせてくる成歩堂の指に、響也の理性を裏切った本能は衣服をおしのけるように、熱く勃ちあがりつつあった。
 恐ろしい事に、普段以上に敏感だ。
 いつしか自分自身も気づかぬうちに没頭している。 股間は次第に快楽にとろかされ、それが全ての思考を押し流していく。
 それでも時折ふいに理性が戻り、この行為から逃げようとして しまうのは、むしろ、がそうさせられているのだろう。 成歩堂の嫌がらせだ。
 自分が何処で何をされているのか忘れそうになる度、成歩堂の指はより乱暴に行為を強要して、その都度、響也は淫らな自分の姿を思い出させられた。 羞恥が、確実に快楽を煽る。
 ふいに肩が舐められる感触にびくびくっっと震え上がり、それは紛れもない快感で。堪えるように目をぎゅっと閉じた。首筋を露わにした髪型は、成歩堂の動きを妨げない。
 それどころか、その響也の表情が堪らなくて、成歩堂はすでに屹立している若い男根にゆるりと掌が触れた。
「…こんなに、硬くなってるね。」
「ぁ、だ…め……。」
「いつもながらに往生際の悪い…」
 握りこんだ手は急くでもなく、ゆっくりとあやすような仕草で響也を追い詰めていく。漏れ出る熱い吐息を感じて、再びどくりと、成歩堂の胸が騒ぐ。

 ほんのり色を取り戻し始めた褐色の肌に。涙を滲ませる潤んだ瞳に。
喘ぐ声に。

「んぁ…あ…っ」

 閉じられたままの瞼が震え、壁に背中を預けたまま、わずかに曲がった膝が崩れ落ちる寸前でがくがくと震えていた。 不意に解放されく。
 力の入りきらない手は、震えながら成歩堂の服をつかんでいた。
「…も、やだ…これ以上…。」
 強ばった声、怯えたような表情。けれど、 瞳だけが欲情に溺れている。
苦しげな吐息と共に、大粒の涙がわき上がって つう と流れ落ちていった。
 底意地が悪いとわかっていながら、この男から与えられる快楽を享受してしまうのは、それが『成歩堂龍一』だからだ。
 彼なら、良い。無条件にそう感じる。
 逆らう事の出来ない思いと、奈落の底へ落とされていくような恐怖と。理性と自我が相反する行動を命令してくる脳裏に、正確な判断など存在しない。
 そうして、再び近付いてくる成歩堂の顔に気付いた。
 中途で放置された熱に、せせら笑うつもりなのだろうか。そうして、続きを即すのかと、響也はぼんやりとした視線をそれに向けた。


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